私は、あの時確かに土葬を望んだ

私は、あの時確かに土葬を望んだ

祖母が去年に亡くなったとき、私は父母と共に見送りました。
亡くなる病室から、火葬場、お墓まで。
不思議なもので、一晩同じ部屋で過ごしたりしている間は、病気の辛いのが終わったね、良かったね、と笑えていたのです。
ですが、いざ、火葬場へ行ったとき。
先を歩くお坊さん。
着いて歩く喪主の父。
自分の母親を亡くした母。
後を歩く私。
がらがらとキャスターが鳴るのを聴いていたら不意に色々思い出しました。
認知症でもあった祖母が、まだ認知症になる前のとき。
魚介類のゴロゴロ入った特製のカレーも。
いつもたくさん買い込んでいた重たい買い物も、その中にあった皆で食べるためのお菓子も。
手術や認知症の影響で病院に入り、その後、老人ホームで過ごしているときのことも思い出します。
母は毎日会いに行きました。
私は学生でしたので休みのときに。
母のことはちゃんと判別がつくのですが、私のことはやっぱりたまに間違える。
でも、大体のときは、私の名前を言えたんです。
料理のレシピも近所に住んでいた人のことも忘れてしまったのに。
それが、嬉しかった。
キャスターの音を聴きながら、そういうことを思い出していました。
火葬場の入り口に向かう廊下、この後、おばあちゃんの穏やかな顔も、看取ったときも寝ずの番のときも触った左手も、燃えてなくなって、骨になってしまうのだと思った、あの時。
私は無理だと分かっていながら、確かに土葬を望んだのです。